〜みんないってしまう〜

 去年「月刊カドカワ」で一年間連載させていただいたものです。 また短編。でも、まだまだいけますね、短編。ネタ帳にもまだまだありますよ、短編のネタは。

 テーマは「対象喪失」で、これも心理学の本を読んでる時に見つけたものです。

 人が生きていく過程で失っていくものは数えきれないほどあって、例えば両親との死別、 進学や結婚で親元を離れることもそうだし、もちろん失恋もそう。 大人になれば兄弟姉妹との縁は薄くなるし、学生時代の友人とも卒業したら会わなくなる。 可愛がっていた犬や猫も寿命や病気で死ぬし、子供のころに抱いて寝てたぬいぐるみもいつか必要じゃなくなる。 住みなれた街を離れるのも、通い慣れた学校を卒業するのも環境の喪失だし、 子供のころは誰でもプロ野球の選手とか宇宙飛行士とか幸せなお嫁さんになるとか 自由に憧れを持てるけど、夢を叶えることができるのはほんの一部の人だと認めざるを得なくなるのも イメージの喪失ですよね。事故や病気で自分の体の一部を失う人もいる。 突発的なことじゃなくても、男の人は年をとると髪がなくなったりするし、 女の人は生理がなくなる日がいつか来る。

 そういうふうに、何かをひとつひとつ失っていく話です。だからまあ、明るい本とは言えないですね。 恋人を失い、財布を失くして信用を失い、実家に人がいなくなってお腹の子供を亡くし、 プライドをなくし職をなくし友達をなくす。あー死にたくなりますね、なんか。

 でも、不思議と人はなくしっぱなしじゃないんです。何かをなくすと何かを得るようにできている。 恋人と別れると、デートしたり恋人のことを考えてた時間やデートに使っていたお金が余る。 プライドをなくすと何でもできるようになるし、職をなくしたら失業保険をもらってぶらぶらできる(笑)。 で、その逆も言えて、恋人ができたら自由に使っていた時間とお金が減って悩みが増える。 プライドは人を縛るし、職につけばぶらぶらできない。

 対象喪失は生きていれば絶対避けて通れないわけで、ということはそれに伴う悲しみや苦しみも絶対避けられないことでしょ。 人の感情は嬉しいとか楽しいばかりじゃいられないけど、できれば苦痛は軽く済ませたい。 同じ失恋でも、心が打たれ強いというか、喪失の苦痛への対処が慣れている人は回復が早いと思う。 何か失ったときの苦痛の回避の仕方がこれを読んで少し分かっていただければ、というところでしょうか。



この解説は、「月刊カドカワ」1997年3月号に掲載されました。
興味のある方は図書館などで探して読んでみてください。