〜あなたには帰る家がある〜

大きな転機になった本です。Kさんが編集してくれました。
これ以前は迷いもたくさんあったし、何よりもプロとしての自覚が足りなすぎた。 これを書いて出版できたことで、自分でも大きく成長したと思います。
長さもいちばん長いものだし(1997年当時)、登場人物も多くて話も入り組んでいる。 構成も考えながら書いたんじゃなくて、きちっと全部設計図を作ってから書きました。 この頃やっと少女小説の文体が抜けてきて、自分の新しい文体に慣れてきましたね。
めずらしくタイトルも皆に褒められました。最初は「ファミリア」だったかな、 そんな適当なタイトルがついてたんですけど、沢田研二の「ラブ〜抱きしめたい」が パチンコしてる時に有線でかかって、いっしょに口ずさんでいる時に「あ」って思いつきました(笑)。
でも書いている時は、本当にこれは面白い小説なのか自分でもよく分からなくて、全然自信がなかったんですね。 昔からずっとそうなんですけど、人から面白いって言ってもらえるわりには 私の本は売れない。今回もきっと内輪受けして終わりね、なんて思ってました。
ところがやっと日の目を見たんですねえ。少女小説をやめてから初めて重版がかかった。 そんなことで狂喜するなんて本当に情けないですけど、一部の有名作家以外は皆 こんなもんなんですよ。
それから、私はすごく昔から「本の雑誌」の読者で、作家になったからにはいつか 「本の雑誌」の年間ベスト10の中に入りたいという夢があったんです。 それが思いのほか早く叶って、これでベスト3を取りました。 それがとにかく嬉しかった。あれは変な本しか取れないじゃないですか。 取ろうと思って取れるものじゃないから、自分の幸運が信じられなかったですね。 書店で「本の雑誌」年間ベスト3フェアーをやってくれるところがあって、 いきなり注文がたくさん来て出版社は何事かと驚いたそうです。
そのおかげで業界から名前を覚えられて、仕事が来るようになりました。 もしこの本が売れなかったら就職しようと思ってたところでしたからね。 実家を出て自分で部屋を借りられるようになって、私にもやっと帰る家が できました(笑)。
内容は二組の若夫婦の話で、片方の夫婦は奥さんが保険の外交員で、 旦那さんは住宅のセールスマン。他人の家に幸せを売りにいく夫婦の、 自分達の内情はぼろぼろで幸福が空洞化してる。 もう片方の夫婦は、保険と家を売りにこられるほう。 家の新築を考えている一見幸せな三世代同居の家なんだけど、 この家庭もみんなで幸福を取り繕って暮らしているわけです。 そんなに嫌なら離婚でも何でもしてやめちゃえばいいのに、 皆自分のその不自由で不幸な生活を手放せないという話です。
私は結構“笑える話”になったと思ってたのですが、 読んだ人は「しーん」となってましたね。後味も悪かったみたいだし。
私は直接取材に出掛けて本を作ったりはしたことがなかったんですけど、 この時は何人か仕事の現場の方に話を伺いました。 それもいい勉強になりましたね。死ぬほど推敲したし、 自分で自分を褒めてあげたい作品です。 ただ完成度が高いぶん、これが一番好きだと言ってくれる人はいないですね。 小説っていうのは隅から隅まできちっとできているものより、 勢いがありすぎてどこかちょっと破綻しているほうが人の気持ちを 打つのかもしれないということが分かりました。


この解説は、「月刊カドカワ」1997年3月号に掲載されました。
興味のある方は図書館などで読んでみてください。